大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和36年(ワ)383号 判決 1962年12月27日

理由

第一、請求原因一および三の事実すなわち、原告主張のとおり、被告が本件手形に引受けをなしたことおよび原告が該手形を満期に支払場所に呈示したが支払を拒絶されたことは、当事者間に争いがない。そして、原告がその主張のとおり、本件手形の裏書を受け、現にその所持人であることは、成立に争いのない甲第一号証および証人福地利郎の証言により明らかである。

第二、そこで、被告主張の相殺の抗弁について、以下に判断する。

一、昭和三六年六月二八日現在における、訴外株式会社三五ゴムの原告に対する債務が被告主張のとおりであつたことは当事者間に争いがなく同月二九日から同年九月七日までの間に、三五ゴムが原告に対し、原告主張の合計一四八万四、六八六円の債権を有していたことは原告の自認するところである。

二、そして、(証拠)および本件弁論の全趣旨を合せると、次のとおり認められる。

(一)  被告が本件手形の引受をなしたのは、その取引先の三五ゴム(被告はゴム長靴その他ゴム製品のメーカーで、三五ゴムはその卸商である)の依頼により、三五ゴムに金融を得させるためで、なんら原因関係は存しなかつたこと。

(二)  三五ゴムは昭和三六年一月三一日、原告との間に原告主張のような手形取引およびその担保に関する契約をなし、爾来原告と取引をつづけてきたこと。

(三)  ところが、三五ゴムは昭和三六年七月三日、静岡手形交換所の不渡り処分を受けたこと。

(四)  そこで原告は、右契約中の相殺についての約定にもとづき、三五ゴムに対し、昭和三六年七月四日付書面で、右一八〇万円の貸付金債権をもつて、三五ゴムの原告に対する債権中一二五万一、三三四円(内訳、定期預金元金一〇〇万円、定期積金掛込金および同利息二五万一、三三四円)と対当額で相殺する旨の意思表示をなし、該書面は翌五日到達したこと。

その後、原告が三五ゴムに対し、同月一五日付書面でなした右一八〇万円の貸付金債権残をもつて、三五ゴムの原告に対する債権中三万〇、五七四円(内訳、同月三日付定期預金解約利息一時預り金一万九、五六七円、同月一一日付当座預金解約一時預り金一万一、〇〇七円)と対当額で相殺する旨の意思表示は、到達しなかつたこと。

しかし、原告は、右相殺についての約定すなわち、「三五ゴムが手形交換所の不渡り処分を受け、または原告においてそのおそれがあると認めたときは、原告からのなんらの通知を要せず、自動的に相殺の効力が生じたものとすること」という約定にもとづき、同年六月二九日から同年九月七日までの間に、右一八〇万円の貸付金債権をもつて、三五ゴムの原告に対する全債権一四八万四、六八六円と対当額で相殺の効力が生じたものとする処理をなしたこと(原告は、同年六月二九日の相殺〔受働債権、定期預金九万四、三九〇円〕は三五ゴムとの合意によつてなしたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない)。

(五)  三五ゴムは原告に対し、昭和三七年三月二七日付書面で被告主張の相殺の意思表示をなし、該書面はそのころ到達したこと。

以上の事実が認められる。この認定に反する証拠はない。

三、以上認定の事実に徴すると、

(一)  原告の昭和三六年七月五日の相殺により、原告の右一八〇万円の貸付金債権と三五ゴムの右一二五万一、三三四円の債権とが対当額で消滅したことは明らかである。

(二)  原告の相殺の充当についての被告の主張は、原告の自働債権は貸付金債権であり、かつ、本件手形は、原告の三五ゴムに対するすべての債権の共通担保として裏書されたものであるから、失当であるといわなければならない。

(三)  しかし、三五ゴムの原告に対する債権中右一二五万一、三三四円を超える部分は、原告の相殺によつて消滅しなかつたというべきである。その理由は次のとおりである。

相殺は当事者の一方からその相手方に対する意思表示によつてなすものであり、この意思表示は、形成権行使の一般原則、当事者間の衡平および第三者の保護等の見地からみて、相殺予約における特約をもつて排除することができず、かかる特約はその効力がない(すくなくとも第三者に対する関係においては)と解すべきである。

そして、原告主張の相殺についての約定は、相殺予約を規定したものと解されるので、そのうち相殺の意思表示を不要とする部分は効力がない(すくなくとも第三者に対する関係においては)といわなければならない。

したがつて、原告の昭和三六年七月一五日付の未到達の相殺の意思表示および同年六月二九日から同年九月七日までの間に原告のなした自動的相殺は、いずれも無効(すくなくとも第三者たる被告との関係においては)であり、受働債権消滅の効果を生じなかつたといわざるを得ない。

四、以上のとおりであるから、三五ゴムがなした相殺およびその充当の意思表示は、その自働債権の存した二三万三、三五二円の限度においてのみ有効であるというべきである。

ところで、民法第五一二条、第四九一条によれば、債務者が債務について元本のほか利息(遅延損害金を含むと解される)を払うべきばあいにおいて、相殺者がその債務の全部を消滅させるに足りない相殺をなしたときは、これをもつて、まず利息ないし遅延損害金から充当すべきであり、この規定は、利息ないし遅延損害金および元本の経済上の性質にかんがみ、公平の観念に合せしめんがために、とくにその順位を法定したものであるから、当事者間の契約がないかぎり、この順序にしたがうことを要し、これに異なる当事者一方の充当はその効力を生じないというべきである。

そして、三五ゴムは原告に対し、本件手形金四五万円およびこれに対する遅滞の翌日である昭和三六年七月四日(満期は同年八月二八日であるが、右契約によりおそくとも不渡り処分を受けた同年七月三日には弁済期が到来している)から一〇〇円について一日四銭の割合による約定遅延損害金を支払う義務があるところ、三五ゴムの自働債権の弁済期の到来がいつかは、本件証拠上明確ではないが、前認定のとおり原告は同年九月七日までに右契約による自動的相殺をなしていることからみて、おそくとも同日にはすべて弁済期が到来しているものと認められるので、同日相殺適状が生じたものというべきである。

したがつて、右相殺は、まず本件手形金の同年七月四日から同年九月七日までの遅延損害金一万一、八八〇円に充当し、その残額二二万一、四七二円を元本に充当すべきである。

そうすると、原告の本件手形上の債権は、元本二二万一、四七二円および手形金額に対する同年九月七日までの遅延損害金の限度において消滅したことが明らかである。

そうだとすれば、被告は原告に対し、本訴請求金員中、本件手形金額四五万円から二二万一、四七二円を差し引いた二二万八五二八円およびこれに対する同年九月八日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金のみを支払う義務があるといわなければならない。

第三、よつて原告の本訴請求は、二二万八、五二八円およびこれに対する昭和三六年九月八日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるから認容すべきであるが、その余の部分は失当であるから棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例